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安心安心
On Off and Beyond: 長いものに巻かれない
「滞納の罰金通知」が来た。なんと2500ドルくらいあった。30万円じゃ。うーむ。厳しいのぉと思ったが、まぁ遅れたのは自分の責任なので払った。

しかしこれをアメリカ人に

「かくかくしかじかで払った」

と言ったら、みな軒並み

「えー、うそ!本当に?私(僕)だったらIRSに手紙を書いて抗議する。きっとチャラになるよ」

マジか。でもルールはルールなんじゃないのか。

ちょっとゴネたら払わなくてよくなるのか...
まあ、もしかしたら「ちゃんとした事情があったらok」と法律に書いてあるのかもしれないけど。
しかし、自分も払ってしまいそう。(お金に余裕がなかったらゴネるかも)

で、
「ルールは人のためにあるのであり、人がルールのためにあるんじゃない」
というのはまったくもってその通りと思うのですが、
「ルールは人のためにある」ということを前提とした上で、
日本人である自分はこう考えてしまいますね。
「ルール自体が理不尽であるか、特殊な事情のないかぎり、
 ルールは可能な限りシステマティックに遵守されなければならない。
 そうでなければルールを定める意味がない。
 「ルールがシステマティックに行使されている(誰かの勝手な裁量の入る余地がない)
  = ルールを守っている人は安心」だから。
 大体、ちょっとゴネたくらいで簡単に法がひっくり返るのなら、それは法治じゃない。
 例えば、イチ公務員のサジ加減一つで得する人が出たり損する人が出たりするということがあるとすれば、
 それは法治が不完全ということ。」
まあ、裁量とかサジ加減とかの余地は、ぶっちゃけ少しはあったほうがいいと思いますけどね。
少しはそういう余地があった方が、結局世の中上手く回ると思うから。

というわけで、自分の中では決して「長い物には巻かれろ」という発想ではない。つもり。
どうも日本人には「ルールに縛られ、ルールを守る事で安心感を得る」という部分があるみたいです。
「菊と刀」にもそんなことが書いてあったような。
自分はいいと思うんですよね。それはそれで。
だからこそ日本は「安心」な国家なわけだし。
「ある日突然滅茶苦茶な事件が起こる確率」って、おそらく外国に比べて格段に低いですよね、日本は。
海外行った事ないんだけどさ。

あと、話がどんどん脱線していきますが、
権利権利って主張する人にはどうも違和感が爆発するんですよね。自分は。
権利って別に自然界にそのまま存在するものじゃねーだろう、と。
権利の存在に根拠を求めるのなら、法とか神とかそういうものを持ち出さなきゃいけないだろう、と。
で、法には義務や権利の制限も定められているだろう、と。
それでなんで義務や制限は全無視で、
権利を主張するときばっかり法律を盾にするんだと。
自分に都合のいい部分だけ採用してんじゃねーよ、と。
アナーキスト気取りたいんだったら、義務や制限を拒否する代わりに、
「俺/私は権利も主張しねーぜ!」と言ってみろ、と。

長年そういうことが言ってみたかったので、この機会に言ってみた。
| MiSCELLANY | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
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